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心をはぐくむ演劇教育じぶんクリエーションアカデミー

自分じゃない誰かになって自分を表現する。変な子レッテルを貼られた私が演劇をやる理由【前編】

  • 最終更新日:

この記事は3分で読めます


こんにちは!

演劇デザイナーの香西姫乃です。

都内デザイン系大学3年生、演劇の学びをパブリックにするために活動しています。

 

このコラムは、私が小学2年生から高校3年生まで所属した児童劇団での演劇体験を元に、演劇を通して学んだこと、身につけたこと、大切にしていることをお送りします。

 

この記事を読まれている方は

演劇をすることによって、どんな効果が得られるのだろう

と思われていらっしゃると思います。

 

歌を歌うと気持ちが大きく出せたり、名前も知らない人と同じ時を楽しめたりしますよね。

演劇は、逆に自分を知ることができたり、新たなコミュニケーションをして誰かと深く繋がれるようになります。

 

これから複数回は、私の演劇との関わりを幼少期からお話していきたいと思います。

今回は、

誰でもない誰かでいられることが新鮮だった、小学生時代のお話です。

 

「変な子」と言われ続けた子どもだった

 

私は物心ついた頃から、他の子どもたちとちょっとだけ感性が違う子どもでした。

子ども同士で遊んでいる時に、母親達の井戸端会議に参加したり

花や木とコミュニケーションをとっていたり。

 

他にも、言葉の選び方がちょっと変だったり運動音痴だったりしたせいで

姫乃ちゃんは面白いね」と頻繁に言われるようになりました。

 

初めは、「面白い」というのは褒め言葉でとても嬉しかったのですが、

小学校に入ると、それがレッテルのようにつきまとってきました

 

「あいつは変なやつだから、こうすればきっと面白い反応が返ってくる」

「あの子は面白いから、私たちとはちょっと違うよね」

そんな風に思われていたのではないかな、と思います。

 

その中で、真面目なことをしても

「お前そんなキャラじゃないじゃん笑」

みたいな反応をされて、だんだんと「変な子」レッテルが嫌いになっていきました

 

私は私でありたいだけなのに、周りがそれを許してくれない。

 

きっと多くの方がキャラクターというレッテルに縛られた経験があるのではないでしょうか。

自分の性格がそのまま受け入れられれば苦労することはありませんが、

友達と仲良くするために話題を合わせたり、一緒に行動して同調してみたり。

 

それが楽しければ良いのだけれど、時に首を絞める錘として自分に絡みついてくることも

 

そうなったら、本当の自分は受け入れてもらえないのではないか、もし本当の気持ちを行ったしまったら自分はひとりぽっちになってしまうのではないか。

そう思ったことがある方は大勢いるとは思いませんか。

 

私は、自分がいつも演技をしている、と感じていました。

誰かが求める「私」を演じている

 

私は変な子じゃないのに、変な子でいなければ。

そんな気持ちになっていました。

 

そんな時、私は演劇と出会うことになったのです。

 

自分じゃない誰かなら、何でも言える気がした

 

小学2年生の夏、私は児童劇団に入団しました。

それまでは学芸会程度のお芝居はしたことがあったのですが、誰かに習ってのお芝居は初めて。

 

お芝居って、なんとなく立って稽古をして大きく声を出して体を動かして、というものを想像されると思うのですが、

私が所属していた児童劇団では、まず「本読み」と呼ばれる、椅子に座ったまま台本を読む、音読のような稽古から始まりました。

 

でも、音読とはちょっと違うのです。

音読は主に国語の授業で、「文章を読む」ということに焦点が当てられますが、

本読みでは、役を理解したり、自分がどう感情を役に投影するのか、という勉強をしていました。

 

本読みをしていると、

「そのセリフはどうして嬉しそうに読んだの?」

「この役は何を欲しいと思っているの?」

と、台本解釈のようなことを先生から言われました。

 

私は最初、

「だってこれ嬉しいように書いてあるじゃん」

と思ったのですが、聞いているのはそこじゃない。

 

その役の人生の中のほんの数分を切り取った台本という物語の中で

役が何を感じ、何を思い、何を行動したのかを、自分なりに考えて表現しなさいというものでした。

 

「この役は、こういう出来事があって嬉しく思っている」

 

役の気持ちを代弁する、ということは、自分の考えをのべるということです。

今まで、「変な子レッテル」が邪魔をしてなかなか自分の真面目な意見が言えなかった私にとって、それはとても大きな意味がありました。

 

役を通してなら、自分の意見が言える。

台本を通してなら、自分の思いが伝わる。

 

そう感じた瞬間でした。

 

役について考えている時間は、「誰でもない誰か」でいられる時間だと思います。

役は私ではないのだけれど、私の考えを反映している。

私は役ではないのだけれど、役のことを誰よりも考える誰かでいられる。

 

その「誰でもない誰か」でいられることが

私にはとても心地よくて、一番私自身に正直にいられる時間でした。

 

自分と向き合うことができるのが演劇のいいところ

 

演劇をしている間だけ、私は誰でもない誰かでいられて自分に素直でいることができました。

 

演劇は集団創作をするものだけれど、みんなで作る時間よりも一人で考え思い動くことの方が多いです。

 

自分ととことん向き合って、自分を受け入れることができるのが、演劇の良いところなのです。

 

次のコラムでは、小学生時代後編のお話をしたいと思います。

 

レッテルを捨てられた私が、どのように演劇と関わって行ったのかをコラムにする予定です。

 

 

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